内田樹さんの感想

『ホームレス理事長』興味深く拝見しました。

予定調和的な「ハッピーエンディング」にならずに、出てくる人たちがみんな宙ぶらりんのままぶつんと映画が終わるという作り方に誠意を感じました。

理事長も、監督も、コーチも、選手たちも、自分たちがこれからどうなるのか安定した見通しを持っていない。NPO法人は破綻するかも知れないし、監督もコーチもチームを去るかも知れないし、高校生たちもいつまでプレーできるか、なんの保証もなさそうです。

でも、「なんの保証もない。先行きが見えない」というのは私たち全員がそうなのかも知れません。
理事長が金策に窮して土下座して、テレビの撮影クルーに借金を申し込む場面では、スタッフたちの「不安」が画面ににじみ込んできました。どうしよう。貯金下ろしてお金を貸してもいいんだろうか。それは社内の倫理規定違反で、そんなことをしたら上司から譴責されるのだろうか、理事長は「今日中に返す」と言っているけれど、ほんとうに返済の当てはあるんだろうか・・・そういう自問自答が十秒ほどのうちにスタッフ全員に取り憑いて、理事長の「先行きの見えなさ」が場に感染してくるところが、この映画の圧巻の部分でした。

もうひとつ印象的だったのは、高校生たちの「自分語り」の自信のなさでした。何か言おうとするときに、みんな微妙に眼が泳いでいる。にもかかわらず、いかにもそれらしい「定型句」はよどみなく口から出る。
とくに上位者からの「詰問」に対しての「間の取り方」や「攻撃の外し方」にはこんな少年たちでありながら、それなりに自己防衛術に熟達していることに胸を衝かれました。そういうテクニックを幼いときから学習してこなければならなかったのでしょうか。

何も説明しないし、何の解決も与えてくれない、ある意味で「救いのない」ドキュメンタリーでした。
でも、これはテレビの現況のひとつの露頭だろうと思います。
テレビのローカル局がこういう手間暇のかかるわりには、商業性のない作品を作るようになったのは「テレビはもう終わりかもしれない」という危機感に衝き動かされてのことではないでしょうか。その危機感をもつ人々にしか「終わり」を先送りできるチャンスはないようにも思いました。

内田樹(凱風館館長)